いのししの提灯(ふるさとに寄す・2)

「この村でも、開発が進んでいるのですか?」
 中村さんがたずねると、いのししは大きな首をこっくりとふって言いました。
「そりゃ、そうですよ。私の祖父が生きていたころは全部自然の山で、それこそたくさんの動物たちが暮らしていたものです。それを、人間が開発して、わたしたちはどんどんせまい所に追いやられてしまったのです」
 中村さんは、いのししの話を聞いて、何だかとても申し訳ない気持ちになってきたのですが、何と言っていいものやら分からなくて、ただもじもじしておりました。いのししは、そんな中村さんの様子に気づいたのか、
「ああ、これは長話をしてしまいました。あなたは、この道を行けば帰れるはずです。わたしはもうすぐそこですから、これをお貸ししましょう」
 そう言って、まあるい明かりをさしだしました。
「提灯ですか?」
 懐中電灯には見えない、まんまるの明かりを不思議に思ってたずねると、いのししはちょっと怒ったように言いました。
「そんな、今の世の中に、提灯なんか下げて歩く人がいますか?人が歩くのに合わせて、点いたり消えたりする明かりだってあるぐらいなんですから。これは、手で持たなくてもあなたの案内をしてくれる便利な明かりです」
「では、どうやってお返しすれば良いでしょう?」
「それも心配ありません。ああ、そうそう、きょうは久しぶりに魚がたくさん釣れたので、あなたにも少し分けてあげましょう」
 そう言って、いのししは魚を何匹か出すと、道端の草で、めざしのようにつないでくれました。
「それじゃ、ごきげんよう。お気をつけて」
 いのししは、鼻声で言うと、ふいっと闇の中へ姿を消しました。
「ああ、ありがとうございます」
 まのぬけた声で、中村さんが答えると、まあるい明かりは、先に立って動き出しました。
 それは、なんとも不思議な明かりでした。手をかざしてみても熱くもなく、青白い光をちかちかさせながら、行き先を知っているかのようにふわりふわりと進んで行きます。
ーひょっとしたら、これは最新型の機械なのかもしれない。
 中村さんが明かりの後をついてしばらく歩いていると、道の先のほうから
「おーい、おーい」
 と呼びながら、懐中電灯の光が近づいて来ました。
「ああ良かった。中村さんが帰って来た。いやあ、なかなか帰って来ないんで心配してみんなでさがしに来たところだったんだ」
 今度こそ、村の人たちでした。中村さんは、いのししに借りた明かりを、村の人たちに見せようと思いましたが、気が付くと明かりはどこかに消えていました。どこへ行ったのかと、あたりをきょろきょろ見回していると、村のおばさんが、中村さんを指さして、笑いながら言いました。
「いやだ、中村さんったら、胸のところに蛍を止まらせてる。ブローチみたいに」
 中村さんが、自分の胸に目をやると、蛍は青白く静かに二回、ぴかっぴかっとおしりを光らせて、ふっと田んぼの方へ飛んで行きました。
ーいのししが貸してくれたのは、蛍の明りだったんだ。 
 田んぼの上や、稲の葉のかげに、たくさんの青白い明かりが見えました。 
 いのししにもらった魚は、どうしたのかって?もちろん、次の日の朝ごはんのおかずになりましたよ。とてもおいしかったそうです。

おわり

 長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
これは、1999年にやなせたかし氏編集の「詩とメルヘン」という雑誌に掲載していただいたお話です。深野天さんのイラストをつけていただきました。
 ここ数日のまあるい月を眺めていたら、福島の実家を背景として書いたお話を思い出し、長々とご紹介させていただきました。
 無人の実家は、どうなっているのでしょう?庭はきっと、草ぼうぼうですね?
 父がリタイアしてから移り住んだ村は、山を切り崩して造成した住宅地で、初めの頃は、本当にイノシシが出たことがあります。去年の夏は、山の食べ物が不足して、クマ注意報も出ました。
 原発事故で、人間も大変心痛む状況で生活を余儀なくされていますが、野生の動物たちはどうしているのだろうか?と思います。
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コメント

 "道造”さんというお名前の由来を読んだことがあったことを思い出しました。文学レディだったのですね。ご自分でメルヘンも・・・すてきですね。
ココロがほのとしました。 
 わたしの実家の町に、○島で被災なさって移り住んで、イタリアンのお店をなさっている方があるそうです。(行ってみたいのですが、お盆が過ぎないと)
 一日も早く戻れますように。

「原発事故で、人間も大変心痛む状況で生活を余儀なくされていますが、野生の動物たちはどうしているのだろうか?と思います。」
本当にその通り・・・・
胸が痛みます。

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f-グランマさん

文学おばさん・・・恥ずかしいです。
十代の頃から、詩や散文を書くのを楽しみとしていましたが、今ではすっかりブログのみとなりました。
イタリアンのお店においでになったら、是非、日記でご紹介下さいね。

ppartさん

F島の友人に、今年は帰らない旨を知らせたところ、
「今年はF島に子供たちは連れて来ない方がいいです。」
と返事をもらい、友人の小さい甥子さんや姪子さんも、他県に療養に出ていると聞いて、本当に胸が痛みました。
動物たちや植物たちも、どうしているのでしょうね?

Y様

いえいえ、今ではすっかり文学の尻尾は切り落とされ、漢字変換も危うい今日この頃です。

道造さんへ

こんばんは。

自然の中で生きている動物や虫達はどうなってしまうのでしょうね。

とても素敵なお話ですね。蛍のランプを想像して 胸がほわほわとあったかくなりました。

りんりんさん

お早うございます。最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
人間の引き起こしたことですが、人間の手を離れ、暴走し始めた科学のすさまじい力は恐ろしいと思います。

ちょっぴり切ない気持ちになったのは、震災の後だからでしょうね・・・。
いいお話をありがとう。

ポムムさん

きゃ~!読んでいただいて、ありがとうございます。
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婦人服・子供服・布小物・布花のコサージュのオーダーとWSを承っています。
専修学校教員資格認定
元文化服装学院講師
大学は何故か?国文学科卒

経歴詳細はHPをご覧ください。
https://nuikoubou-n.amebaownd.com/

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