縫い工房 | 「縫い工房」布周辺の作品と制作つれづれ日記です。

恩師のお話をしましょう

朝、Bunka恩師からメールをいただき、地元駅前の西友3Fベンチでミッション=2日後にはアメリカに旅立ってしまう標本を見せていただき、ついでに物々交換いたしました。
いただいたのは、先生のお庭のゴーヤを使って、先生自らお作りになったゴーヤのマリネ。
ゴーヤのマリネ
レシピもいただいているのですけれど、先生のはまた格別です。
大事にいただきます

さて、自転車の距離にお住いのBunka恩師、私が助手の5年目?だったかにご一緒させていただき、一年間ご指導いただきました。
Bunkaは、概ね1年ごとに講師と助手のペアが変わり、助手時代に様々な講師の元で学ぶ環境にありました。
恩師は何人かいますが、自転車の距離の恩師をA先生と呼ぶことにします。
A先生は、技術指導のみならず、助手が後に講師となることを考慮した仕事を与えてくださいました。
学生の仮縫い合わせを、カリキュラムにあわせて、A先生担当の他に毎回数名を助手に任せて勉強の機会を与えてくださったり、標本制作や文化祭のショー作品で多忙な時期は、時間を考慮してくださったり。
また、A先生の仕事と私生活の姿勢からも多くの事を学び、吸収することが出来ました。

何より、A先生のお陰で、子供を持っても良いかな?と思うようになったのが、一番の影響でした。
A先生の元で助手をしていた頃、既に結婚9年目を迎え、子供はないまま仕事を続けよう…と思っていた私ですが、A先生のお陰で考え方が変わったのです。

それで、第一子が生まれ、産休・育休・復職のち夫の転勤で、結局Bunkaは講師にしていただいたもののご恩返しをする間もなく退職してしまったわけですが、私の人生にとって重要なキーパーソンでもあるA先生でした。

さて、Bunka 退職後3年ほど東京都の島で暮らし、現在の住まいに戻った夏、私は双子を妊娠中で隣の市のNICUのある総合病院に入院していました。
9か月検診に行き、切迫早産でそのまま入院となったのです。
とにかく双子を無事37週までお腹の中で大きく育てた方が、生まれた後のリスクが少ない・・・ということで、初めは病棟の廊下ぐらいは歩いても良かったのに、その後はただひたすら病室のベッドで寝ている日々でした。
それで、何とか37週を迎え、いよいよいつ生まれても大丈夫だから、骨盤とbabyの頭の大きさの関係を知るために、レントゲンを撮ってくるようにDr.から指示が出て、入院後1か月近く経て初めて病棟からエレベーターで1Fに降り、ロビーを通ってレントゲン室に向かう途中で、偶然A先生と再会を果たしたのです。
先生は、Bunkaを退職され、二部(夜学)の担任だけ続けておられ、夏休みを利用してご自身の人間ドックを受けにおいでになったところでした。
A先生は、もっと都心にお住まいだったのに、なぜこの病院においでになったのか?
お話を伺ったら、都心の家から私と同じ最寄り駅利用の場所に転居されていたのです。
短い再会の間に、先生の新しい住所をいただき、双子出産後にはお知らせし、ファミリアのかわいい子供服をいただきました。
ファミリア双子

そして、双子が幼稚園に入園したころから、時々ご自宅にお邪魔して、ご指導いただいています。
技術的な内容の他に、様々なことを教えていただいています。
今回は年末のお忙しい時期に、2日後にはアメリカに旅立ってしまうサンプルを見せてくださるために、買い物ついでに駅前の西友のベンチでの数分間、
「まるで、どこかの諜報部員みたいですね!?」
とおっしゃって、今年最後のミッションは終了しました。

これからも末永く、ご指導いただきたいと思っています。
尊敬している人生の先輩でもあります。

長い話にお付き合いいただき、ありがとうございます

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